レポート
2026.03.26

【灯台博士 大成さんによるコラム】法華津湾へゆく② ~海事資料へのまなざし~

月に1度、今治明徳短期大学地域連携センター長・大成経凡さんに寄稿していただく海にまつわるコラム。

今回は、【法華津湾へゆく② ~海事資料へのまなざし~】です。

そのまちの歴史文化を早わかりしたい場合は、まちの歴史民俗資料館を訪ねるのが一番です。事前に概要をつかんでから散策すると、効率よく巡ることができ、感動もひと塩です。今回、筆者は道の駅「八幡浜みなっと」に立ち寄り、西予市宇和町経由で明浜町を目指しましたが、同市三瓶(みかめ)町経由で海岸線の国道378号からアクセスする方法もありました。そこは観光案内所のアドバイスに従い、宇和町経由としたことは正解で、野福峠越えのルートが幅員も広く最適ということが分かりました。残念だったのは、みなっとには、明浜町の観光マップが置かれていなかったことです(広域合併の影響か)。そこで、西予市全体の観光マップを入手。ネット上にある「あけはまっぷ」を事前にプリントアウトすれば良かったのですが、これを筆者は〝河童の狛犬〟で知られる高山地区の若宮神社で入手することになります。筆者の中では、このマップが一覧性ものとしては、一番よくできていると感じました。

 明浜歴史民俗資料館は、白砂の海水浴場を備えた「あけはまシーサイドサンパーク」内にありました。その辺り一帯が、石灰岩の採石場だったようです。浜辺の駐車場に到着するや、キラキラ輝く法華津湾の眺めにうっとりです。園内では、河童の石像に何体か遭遇しましたが、それらも海を眺めています。


[あけはまシーサイドサンパークの河童の石像]

まず目に飛び込んできたのは、筆者が23年前にも見た「大早津(おおそうず)の石灰窯跡」です。明浜町では、狩江地区から宮の串地区にかけて石灰岩の地層が分布していて、江戸後期に始まった石灰業は昭和50年代で終焉を迎えています。


[大早津の石灰窯跡]

この窯跡は、かつて小さく砕いた石灰石を石炭と混ぜ、その徳利状の窯内部で焼成し、酸化カルシウムの生石灰(せいせっかい)にする機能がありました。水に濡らすとこれが水酸化カルシウムの消石灰(しょうせっかい)へと変わり、袋詰めして船などで出荷されました。町内岩井地区にも、国道378号沿いにこれよりも古いタイプの石灰窯が残されています。こちらは、薪を燃料に焼成した窯のようです。消石灰の用途は様々で、酸性土壌のわが国では、中和剤として肥料目的に用いられたりもしています。また、石灰窯を用いず、採石した石灰石をセメント原料として出荷する業者もいました。その船積み施設の遺構(鉄筋コンクリート造)が、「碆の手の鯨塚」付近に確認でき、これは高度経済成長期の昭和36(1961)年頃に竣工したようです。


[石灰石の船積み施設(遺構)]


[岩井の石灰窯跡]

 保存整備された石灰窯跡を見学した後、小高い場所にある明浜歴史民俗資料館に立ち寄りました。平成3(1991)年竣工ですから、そんなに古くはありません。入館者は筆者一人でしたが、職員の方から「現在は土日・祝日しか開館しておらず、4月からは閉館…」との説明を受けました。見たい方は事前に連絡をすれば、職員が鍵を開けてくれるようですが、つまりは収蔵庫のような扱いとなってしまいます。これは、西予市が財政危機に瀕していることが影響しているようで、筆者の住む今治市でも、平成合併後に旧町村の歴史民俗資料館の運営方法を見直し、費用対効果等でそのような扱いとなった館はいくつかあります。西予市では、人気の博物館でも、4月から休館日が増えるなどの措置がはかられるとのことです。

明浜歴史民俗資料館は、令和5(2023)年9月に常設展示のリニューアルを行ったことで、テーマ別にとても見やすく感じました。まずは、国内に11例しかない江戸時代の地形模型にビックリですが、漁業・海運業などの海事資料の多さに感嘆の声〝うそやろ!(エグイ!)〟をあげてしまいました。館内に入りきらずに、屋外展示場に置かれたものもありました。石灰業繁栄の裏には、これを輸送した貨物船主の存在があり、海運のまちでもあったわけです。


[石灰運搬船の古写真]

石灰窯ばかりに注目すると、見えなくなるものがあり、残された資料が全体像に気づかせてくれました。海路で船を使えば、交通の不便を感じないのが南予のリアス海岸の浦々だったことと思います。これに加えて、過去にはイワシ漁などの漁業もあって、イワシが不漁でも、石灰業や農業がこれをカバーし、段畑が増えていった背景には養蚕用の桑を植えた歴史もあったようです。浦々で生きた人々のたくましさが、祭りや芸能(俵津文楽)にも表れ、これも展示品からうかがい知ることができました。

 この展示内容で閉館とは、実にもったいない! 船模型や貴重な海事資料がたくさんあって、個人的には化け物ぞろいの資料たちといえました。それらはしっかり自己主張を放っているのに、それに気づかせ、そこへ誘導する仕掛けが引き続き必要になってきます。パーク内には宿泊もできる観光交流拠点施設「あけはまーれ」もあるわけですが、観光客に対してもっとこの地域の歴史文化を売り込んで欲しいですね。


[明浜歴史民俗資料館]

近年、西予市はジオパークや狩浜の段畑に代表されるように農漁村景観に光が当たっています。これらと海事文化をうまく融合させて欲しいです。筆者は菜の花シーズンに明浜を訪ねたわけですが、そこはまさに河童やクジラが伝説となるような〝リアス海岸のユートピア〟でした。 


[柑橘畑と菜の花]

【おわり】

長い間、拙コラムをご愛読いただき、ありがとうございました。寄稿の機会をお与え下さいました「海と日本PROJECT inえひめ」様にも感謝申し上げます。  

大成経凡

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